理解とは
幸せの源は“理解”です。理解力を持つこと。理解は愛の別名と言います。
対人関係には理解が不可欠です。
また、“思う”と“考える”は違います、
例えば、相手が「私は自分が嫌いです」と言いました。
聞いた私も自分が嫌いなら、「ああ、同じだ、わかる」と納得して終わります。これが“思う”です。
思うは想像的共感、思い込み、同情。
相手が「自分を嫌い」な訳と、私が「自分を嫌い」訳は同じではありません。
ここに論理も用いて、「自分の何が、どういうところが嫌いなの?」と聞きます。これが“考える”です。
理解に自分の主体は関係なく、感情も要りません。
自分を無にして論理で考える、論理的的思考をします。それは例えば数学・物理などの科学などです。
対象や理由を言語化し、言語の意味を共有したことを“理解”と言います。
ほとんどの会話は、思い込みです。
自分と同じものは同情するが、違うものは聞き流す。
わからないことを「なぜ?」「どうして?」と問いかけます。
それが相手への関心になる。
その人に関心があれば、その人を知りたい、少しでも理解しようと思います。
人間は学習の産物
現代は人への関心が薄れて来ていると感じます。
人・対象への関心も愛着も子供が初めから持っているのではなく、母・養育者から関心向けられることから学びます。
関心が無ければ「どうでもいい」世界を生きます。
人間は学習の産物です。
何も知らない状態で生まれます。だからこそ、生きていくための知識・情報・知恵を学習していかなければなりません。
言葉を聞くことで覚え、文化や社会規範を学んでいきます。
最初は家庭という小社会から、そして社会に出て他者と関わり、生涯、他者との交流を通して学び続けます。

母から関心と愛着を学ぶ
まず家庭が子供の学びの場です。
そこで母はいつも笑顔でいます。
その母はいつもどんな時も、自分を気にかけ見守っていてくれると、子供が思うほど母は子供に関心をもってまなざしを向けます。
子供はその母のまなざしが心地よく、自分だけに向けれていると思います。
母のまなざしを心地よい、快と受け取るのは、母が自分を見ている時いつも笑顔だからです。
怒ってる母が自分を見ても、心地よいとは思いません。
母がいつも不機嫌だったり、怒っていると、この子供の母への関心は母に怒られないようにするためのものになります。
これでは、子供の心は正常に育たちません。
正常な場合、自分も母が好きだという感情・意味に発展していきます。
こうして、まなざしが愛着になっていきます。
母の表情を子供はよく見ています。
ちょっとした表情の変化に敏感で、母の心を読み取ろうとします。
子供が母に笑顔で関心を向けられることから、今度は母に関心を向けるようになったということです。
笑顔が一番です。
ライト.a精神科学研究所 登張豊実
(我が師 LAFAERO1 大澤秀行 参考:各分析理論講座 筆者まとめ)
LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/
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